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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)10799号 判決

原告 豊不動産株式会社

右代表者代表取締役 多々良義成

右訴訟代理人弁護士 吉井文夫

被告 福井一弘

右訴訟代理人弁護士 太田博之

同 後藤昭樹

同復代理人弁護士 立岡亘

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し五〇〇万円及びこれに対する昭和四八年六月二四日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  右が認められない場合、被告は原告に対し五〇〇万円及びこれに対する同年五月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四八年五月二三日、訴外浅野英遠(以下「浅野」という。)を被告の代理人として同人に対し被告名義のゴルフ会員権二口(関カントリークラブ及び長良川カントリー倶楽部)を担保に、五〇〇万円を弁済期同年六月二三日、利息月三パーセントの約束で貸渡した(以下「本件消費貸借」という。)。

2  被告は本件消費貸借に先立ち同契約締結の代理権を浅野に与えた。

3  仮に右2の事実が認められないとしても、被告は本件消費貸借に先立ち株式会社壱商(以下「壱商」という。)に対し、前記ゴルフ会員権を担保に新日本製鉄株式会社の株式三万株の購入を依頼し、右担保に必要な書類として右会員権を証する被告名義の関カントリークラブ出資証券、長良川カントリー倶楽部振込金受取書各一通、被告名義の白紙委任状三通、印鑑証明書二通をそれぞれ壱商に交付し、壱商ひいては右交付時において壱商の社長業務を代行していた浅野に本件消費貸借締結の代理権を授与する旨原告に対し表示した。

4  仮に本件消費貸借の締結が右表示された代理権の範囲を超えているとしても、原告には浅野が本件消費貸借締結の代理権があると信ずるについて左のとおり正当の理由がある。

(一) 浅野は本件消費貸借締結に際し、前記3の各書類を原告に呈示、交付した。

(二) 原告は浅野の代理権を確認するため、右白紙委任状に加えて新たに委任状の交付を求めたところ、本件消費貸借の当日、浅野は右白紙委任状とは別に被告名義の白紙委任状三通を持参し、原告に交付した。

5  以上の各主張がすべて認められないとしても、

(一) 浅野は本件消費貸借締結の代理権がないのに、前記各書類を原告に呈示、交付し代理権を有するかの如く装って原告を誤信させて本件消費貸借を締結させ、原告より五〇〇万円の交付を受けてこれを詐取し、原告に同額の損害を与えた。

(二) 壱商は証券会社でもないのに株式の売買を行っていたものであり、かかる会社に対し株式購入の目的で前記各書類を交付すれば当然濫用の危険があり、他人に損害を及ぼすかも知れないことを予見すべきであった。しかるに被告は漫然右各書類を壱商に交付したもので、過失があり、その結果浅野の不法行為を容易ならしめたものである。従って、被告は浅野の共同不法行為者として浅野が原告に与えた右損害を賠償する責任がある。

6  よって、原告は被告に対し前記貸金五〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和四八年六月二四日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、右が認められない場合、不法行為に基づく損害賠償金五〇〇万円及びこれに対する不法行為の翌日である同年五月二四日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は否認する。

本件消費貸借は浅野を本人として締結されたものである。

2  同2は否認する。

3  同3のうち、被告が壱商に対し原告主張の各書類を株式購入の担保の趣旨で交付したことは認める(但、被告が直接交付したものではなく、被告の妻昌子を通じて交付したものである。)、浅野が壱商の社長業務を代行していたことは不知、その余は争う。

右書類の直接の被交付者ではない浅野個人については、代理権を授与した旨表示したとはいえない。

4  同4(一)、(二)は不知、その余は争う。

5  同5(一)のうち、浅野が本件消費貸借締結の代理権がなかったことを認め、その余は知らない。同5(二)のうち、被告が壱商に原告主張の各書類を株式購入の目的で交付したことは認め、その余は争う。

三  抗弁

1  原告は本件消費貸借締結に際し、浅野に代理権のないことを知っていた。

2  原告には浅野に代理権のないことを知らないことについて左のとおり過失があった。

(一) 原告は本件消費貸借以外に浅野、被告とは何の取引もなく、原告は東京、被告は岐阜と離れていて通常被告が原告に金融を依頼する状況にはなく、借入金額も五〇〇万円と高額であり、代理権を証する書面として呈示された委任状は受任者の氏名すら記載されていない白地のものであった。のみならず、本件消費貸借締結の際、取り交わされた契約書中には浅野個人が借主の如き記載があり、浅野の代理権を疑ってしかるべき状況にあった。

(二) 原告は金融業者として十分な調査能力を有し、委任状の再交付を求めるなど時間的余裕もあったのであるから、右の事情の下では、被告に対し直接代理権の有無を確かめるべきであるのにこれをしていない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  同2のうち原告が金融業者であることを認め、その余は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  本件消費貸借の成立について

成立に争いのない甲三号証の一、二、四号証、九、一〇号証の各一ないし三、証人浅野英遠、同千代延賢司の各証言と同証言により真正に成立したものと認められる甲一、二号証によれば、原告は昭和四八年五月二三日、浅野を被告の代理人として同人に対し、被告名義のゴルフ会員権二口(関カントリークラブ及び長良川カントリー倶楽部)を担保に、五〇〇万円を弁済期同年六月二三日、利息月三パーセントの約束で貸渡したことが認められる。

もっとも右証人らの証言により本件消費貸借締結の際作成されたものと認められる右甲一号証(金銭消費貸借契約証書)の第一条二行目の借主欄、末尾の借主欄、甲二号証(五〇〇万円の領収証)にはいずれも代理人である旨の記載はなく、浅野個人名が表示されているだけであり、また、甲六号証(本件消費貸借に基づく五〇〇万円を期限までに弁済しない場合は被告名義のゴルフ会員権を売却してよい旨記載された念書)の作成名義は「福井一弘代理人浅野英遠」となっているが、「福井一弘代理人」なる記載は明らかに同号証の他の記載部分と筆跡を異にしていて右代理の記載は別人により付加された疑いがあり、かつ、同号証には被告が借主であれば不自然と思われる「福井一弘殿より承諾を得て担保に差入れたゴルフ会員券」なる記載があり、以上の事実はいずれも浅野が被告の代理人としてではなく、本人として本件消費貸借を締結したのではないかとの疑いを一応抱かせるものではあるが、他方甲一号証中の第一条一行目の借主欄には「福井一弘代理人浅野英遠」と記載されており、前掲甲九、一〇号証の一ないし三(いずれも被告名義の白紙委任状)が存在すること及び前掲証人らの各証言に照らすと、前記各事実は未だ前記認定を覆すに足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  本件消費貸借締結の代理権の授与について

原告は被告が浅野に対し右代理権を授与した旨主張し、前掲浅野の証言中には右主張に添うかの如き供述もあるが、結局のところ同証言は、被告が浅野個人ではなく壱商に対し代理権を授与した旨述べるに止り、右主張を認めるには足りず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

三  表見代理について

1  被告が壱商に対し株式購入の担保の趣旨で関カントリークラブの出資証券等、被告名義の白紙委任状三通、印鑑証明書二通を交付したことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すれば、

(一)  壱商は証券業者としての登録もないのに、壱商を通じての株式の売買を勧誘し、売買代金の二割相当額を現金かそれに相当する有価証券で頭金として預ければ、残りの八割相当額を買付けた株券を担保にする形で融資する、あるいは現金がなくても売買代金に相当する有価証券の類を担保として預ければ株の取引ができるなどを宣伝文句に顧客を集めたが、昭和四八年四、五月ごろには経営も行きづまり、多分に計画的に頭金だけ預って株は購入しないような状態が続き、同年六月半ばごろには営業も停止してしまったこと、

(二)  被告は壱商の従業員杉森勝男(以下「杉森」という。)より、昭和四八年四月ごろより壱商を通じての株式の取引を再三勧誘され、同人のすすめに従い、初めに株式会社小松製作所の株式一万株を買うことを承諾し、被告名義の東名古屋カントリークラブのゴルフ会員権を担保として預け、次いで、同年五月七日ごろ、日本郵船株式会社の株式一万株を被告の息子である福井英仁名義で買入れることを承諾し、その代金として二六一万円を壱商に交付し、更に同月一七日ごろ、右英仁名義で新日本製鉄株式会社の株式三万株の買入れを承諾し、被告名義のゴルフ会員権二口(関カントリークラブ、長良川カントリー倶楽部)を右の担保とすることに同意し、前記各書類を交付したこと、壱商は右の各株式を実際には全く買い入れておらず、被告に対しては買付けた旨の報告書を送付するなどして買入れを装い、また、杉森には右事情を知らせず被告を継続的に勧誘させていたもので、右ゴルフ会員権などは壱商の関係者により詐取された疑いが濃厚であること、

(三)  右担保の趣旨は必ずしも明確ではなく、杉森自身その内容について壱商内で具体的に説明を受けていなかったため、被告に対しても株式買付の担保といった程度の説明しかせず、前記の各書類についても、具体的にどのような形で使用するのか判らぬまま上司の指示に従い担保のため必要である旨被告あるいは被告の妻に告げただけであること、これに対し、被告においても格別担保の具体的内容を質すことなく、壱商において株の購入代金を負担する関係上、株の価格が下がるなど壱商に損害が発生した場合の担保と考えて、前記ゴルフ会員権を担保にすることに同意し、必要として求められるまま前記各書類を同月二二日、被告の妻を通じて杉森に交付したこと、が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、被告は、詐取された疑いがあるとはいえ、株式の売買に関する壱商の損害を担保する趣旨で前記ゴルフ会員権を担保に供し、その必要書類として前記各書類を交付したもので、ゴルフ会員権の譲渡が通常裏書のある出資証券等に添えて譲渡人名義の白紙委任状、印鑑証明書の交付によって行なわれることに照らすと、右担保は一種の譲渡担保と認めるのが相当である。従って、担保の実行は第三者に対する譲渡等の処分の形をとるものというべきであり、それに伴って右各書類も処分の相手方に交付され、使用されるものというべきで、右第三者について特に限定すべき事情も認められない以上、右各書類は、結局のところ不特定の第三者により使用されることを予想して交付されたものと認めるのが相当である。

《証拠省略》によれば、浅野は昭和四八年三月末ごろから同年六月ごろまで、病気で入院中の壱商の代表取締役の委任を受けて壱商の社長業務を代行していたものであるが、杉森が被告より交付を受けてきた前記各書類を利用して、本件消費貸借を締結し、その際、白紙委任状のうち二通はゴルフ会員権の担保のためのものであり、残りの一通が本件消費貸借締結のためのものである旨原告に説明したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

従って、本件消費貸借は、壱商の社長業務を代行していたとはいえ、個人の資格では被告より何らの代理権の授与もなく、前記各書類の直接の受交付者でもない浅野が、これらの書類を濫用して締結したものであるが、前認定のとおりこれらの書類は不特定の第三者による使用を予想して交付されていること及び白紙委任状の交付は一般的、包括的に代理権を授与する旨表示しているものと認められることに照らすと、被告は、浅野に対し本件消費貸借締結の代理権を授与する旨原告に表示したものというべきである。

2  表見代理に対する悪意の抗弁について

本件全証拠によるも、本件消費貸借締結の際、原告が浅野に代理権のないことを知っていた事実を認めることはできない。

3  表見代理に対する過失の抗弁について

原告が金融業者であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、浅野あるいは被告と原告は本件消費貸借が初めての取引であり、浅野は被告の担当者に対し、自らも金融業を営んでおり、被告はその客であって、株の売買代金が必要なので金融して欲しいと依頼したこと、被告はゴルフ会員権を担保に金を貸すことは従来経験がなかったが、前記各書類が存在することとこれらの書類に対する浅野の説明(前記1認定参照)により金融に応ずることとしたが、白紙委任状に押捺されている実印が被告の氏名である福井一弘と読みとれなかったことから、実印を確認するため、更に三通の白紙委任状を要求したこと、浅野は直ちに委任状三通をとるよう指示し、それに基づいて杉森は、先の委任状は使用できぬとして改めて委任状を要求し、被告の妻より再度同じ体裁の白紙委任状三通の交付を受け、これらの委任状は翌二三日浅野を通じて原告に交付され、その結果、被告はそれ以上代理権の存否等について調査することなく本件消費貸借を締結したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告は委任状の再交付こそ求めているが、それは実印を確認するために行ったに過ぎず、これら委任状等の書類の存在と浅野の説明だけで浅野の代理権を信じたものといわざるを得ないところ、前記認定のとおり本件消費貸借の契約書である甲一号証中の記載には浅野が代理人であることを否定するかの如き記載があり、前掲浅野英遠の証言によれば同記載は同人がなしたものであること、成立に争いのない甲五号証の一、右甲一号証の記載から明らかなとおり浅野あるいは被告は名古屋あるいは岐阜に居住しており、原告の住所地(都内中央区)とは大分遠隔であり、ゴルフ会員権という担保があるにもかかわらず、初めての取引相手でかつ遠隔の被告に金融の依頼をすることは異例と考えられること、ゴルフ会員権の譲渡には前記のとおり印鑑証明書、白紙委任状に加えて裏書のある出資証券等の交付が通例であるのに、《証拠省略》によれば担保に供されたゴルフ会員権のうち関カントリークラブについては出資証券に裏書がなく、長良川カントリー倶楽部については振込金受取書があるだけに過ぎず、果して正当に担保として提供されているものかどうか金融業者としては疑ってしかるべき状況にあったことなどの事実に照らすと、これらの状況下において、五〇〇万円という少なからざる金員を初めての取引相手に、しかも従来経験のないゴルフ会員権を担保に貸与する金融業者としては、単に白紙委任状、印鑑証明書等の書類だけで浅野の代理権を信ずべきではなく、被告に直接確認するなどして代理権の存否を確めるべきであったと考えられる。しかるに、被告が、右の如き確認をしていないことは前認定のとおりであるから、被告には浅野に代理権のないことを知らないことについて過失があったものというべきである。

四  不法行為について

浅野が本件消費貸借締結の代理権がなかったことは当事者間に争いがなく、前認定のとおり、浅野は代理権があるように装い被告をだまし、五〇〇万円を詐取したものである。また、原告が前記各書類を株式購入の目的で壱商に交付したことは当事者間に争いがなく、右交付の経過は前認定のとおりである。

しかして、原告は、壱商の如き証券会社でもない会社に株式購入の目的で白紙委任状等を交付すれば当然濫用の危険がある旨主張するが、証券会社でもない会社という一事だけで当然濫用の危険ありとはいえず、前記認定の事実からすれば、むしろ被告自身詐取の被害者の疑いが濃いのであって、右事実の下では到底濫用の危険を予見し得たとは認められない。

従って、その余の判断をするまでもなく、不法行為の主張は失当である。

五  結論

以上のしだいであり原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小田泰機)

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